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トゥールビヨンは果たして“複雑機構”なのか?【長文版】

シンプルな質問には得てして複雑な答えが返ってくるものだ。

しかし、時には意見の相違があるもので、読者の方からHey, HODINKEE【長文版】にこそ打ってつけだと思われる質問をお寄せいただいた。

"2人の時計オタクの賭けに決着をつけてください。トゥールビヨンは複雑機構ですか?"

端的に言えば「違う」が、その理由が興味深い。

オンライン版The Illustrated Professional Dictionary Of Horology(時計学における図解付実務用語集)の“Complication(複雑機構)”には1961年の定義によると、“複雑であることの状態。そのような状態の原因。ストライキング機構やクロノグラフ機構は複雑機構である”。これは同じ用語集のエクストラフラットの定義、“極端に薄い時計”という簡潔な表現と同じである。

FHH(Fondation de la Haute Horlogerie、高級時計財団)の定義は同語反復ではないが、外交的中立を保とうとする点で、実に永世中立国のスイスらしい表現ぶりだ。“メカニズムが手巻きか自動巻きか、機械式かクォーツ式か、またムーブメントの厚みに関係なく、時、分、秒の表示以外の機能を持つもの。ただし、トゥールビヨンと自動巻き機構は、例外的に複雑機構とみなされることがある"。

したがって、一般的な定義として複雑機構とは、付加的な情報を表示するために追加機能を実装したものということになる。クロノグラフ、均時差表示、シンプルカレンダー、トリプルカレンダー、コンプリートカレンダー(トリプルカレンダーにムーンフェイズを加えたもの)、アニュアルカレンダー(年次カレンダー)、パーペチュアルカレンダー(永久カレンダー)など、これらはすべて紛れもなく複雑機構であり、定義に当てはまるかどうかについては異論の余地はない。

不明瞭なのは、ルモントワールやトゥールビヨンのような機構について話題にするときだ。確かにこれらは複雑な機構だが、いわゆる一般的な定義では複雑機構ではないからだ。これらが実際に何であるか、何を目的としているかを明確にした上でこそ、複雑機構の分類から除外することに意味があると思う。

トゥールビヨンは、“調速機構 (テンプ、ヒゲゼンマイ、脱進機の総称)”を全垂直位置に回転させ続けることで、均一の動力を供給することを目的としている。この機能は、付加的な情報を表示するものではなく、むしろ精度を調整するためのものであるため、それ自体は複雑機構ではなく調速機構であると言える。同様に、ルモントワールは、主ゼンマイがどの巻き上げ残量にあっても、脱進機とテンプに一定のトルクを供給することを目的としており、これも複雑機構ではなく調速機構といえる。複雑ではない調速機構の例としては、主ゼンマイのパワーリザーブを最も安定した量に制限するように設計されたマルタ十字型のストップ機構などがある。

皮肉な言い方をするならば、時計業界は調速機構を“複雑機構”と呼んで腕時計の複雑機構の総数を盛ることで既得権を得ていると言える。これと同じように“グランドコンプリケーション”の濫用にも同様の感想を覚えるが、時計業界の大きな流れにおいて致命的な影響を与えるものではない(グランドコンプリケーションとは、厳密には、永久カレンダー、ラトラパンテ・クロノグラフ、ミニッツリピーターを搭載した時計のことであり、“時間と日付だけではない、非常に高価な時計”という意味ではない)。

これらの機構の独創性や複雑性を貶めるつもりはない。これらの複雑機構は多かれ少なかれ、現代の時計の精度や正確さにはほとんど貢献しないことが認められているものの、よくできたトゥールビヨンムーブメントは素晴らしく、時計メーカーやコレクターにとって今なお魅力的な存在だ。時計用語の重箱の隅をつつくことほど楽しいことはないが(特に“公式”の定義が曖昧な場合)、シンプルなカレンダー機構が複雑機構である一方で、トゥールビヨンがそうでないという事実が、どちらが興味深いかという点に影響をほとんど及ぼさないのも事実なのだ。

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